第2章 始めて掴まれて
六弥さんはとても優雅な人で、騎士とか王子とか、そんな言葉の似合う人だ。
彼が七人の中で特出して美形の持ち主であるから、尚更に。
六弥さんは、私の右手を取って、自分の左腕に添えさせてくれた。
私がヒールを履いている事に気づかって、エスコートしようとしてくれているのだろう。
この世界に来た時に履いていた靴はもちろん運動靴なので、これは鳥居先生が用意したものだ。
新しい靴は、それだけでも歩きにくいのに、普段履きなれていないヒールなら、それは酷い。
私は六弥さんの優しさに感謝して、令嬢の仮面を被る。
役を演じる事に集中すれば、きっと二階堂さんの視線も気にならなくなっていくに違いない。
・・・と、願う。
寮から事務所までの距離は、どうという事の無い程度の近さだった。
私が元々住んでいた場所から勤務先の製紙工場までの距離の方が、明らかに遠い。
工場は住宅街から外れた所に構えられていたから、毎日不便な道を通っていたのもあるけれど。
今度一人で事務所まで通勤する時に気をつけるところといえば、降りる駅と横断歩道だろうか。
都会の駅舎は、私から見るとどこも同じ。
綺麗すぎるくらい整ったホームに、息が詰まりそうな制服の駅員さん、目先とスマホしか見ない大量の人々。
人工的なものばかりの道を覚えていられるか、少し不安だ。
道中、私達の間に会話は無かった。
二階堂さんの刺々しい視線を受けながら、演じる事で背筋を伸ばして歩を進める私と。
私の仮面をたぶん見抜いていながらも、指摘したり引き剥がしたりする素振りは見せず、ただ警戒は解かない二階堂さんと。
その二人どちら共の異様な空気感に晒されていながら、無言のまま左腕一本で私を支え続けてくれる六弥さん。
彼には申し訳ないけれど、私も一杯いっぱいで、気を回せないの。
六弥さんの左腕を掴む私の手が、変に力強くなってしまったり震えたりしないよう、演じ続ける。
「イチカ着きましたよ。ここが小鳥遊事務所です」
静かに語りかけてきた六弥さんの声を聞き、緩みそうになる気持ちを必死に保つ。
あと少し、あと少しでこの取り繕いの演技もほどける。
だから、もう少しだけ頑張れ。
にっこり。
笑顔のまま六弥さんを見上げて、一歩また踏み出す。
「行こう」