第2章 始めて掴まれて
その日吹く風は、別に身が凍りそうなほど冷たいというわけでもないのに。
寮から一歩外に出て私は、二つの事に頭を占められていた。
東京の冬の朝はこんなにも寒いのだろうかという事と。
人が作り出す空気感というのは、こんなにも露骨に感じるのを忘れてしまっていた、という事。
昨晩、和泉さんに連れられて最後に挨拶したのが眼鏡の人、二階堂さんだった。
半開きのドアから見下ろされた私は、ひるんで何も言えない。
顔合わせは強制的に終わらされた。
短く名前だけを明かし、すぐに閉めきられた。
あからさまな拒絶の態度を取られたのが久しぶりだったからか、私の足がすくんで、思考すらも動かせなかったのだ。
頑丈な心の壁を築き、視界に入る事すら許されない。
ショックを受けた私を見て、和泉さんに気を使わせてしまった。
上手く立ち回らねばならないのに、咄嗟の判断で完璧に笑えていなければならないのに。
二階堂さんが私を見る目は、あの時も今も変わらない。
まるで、護送中の殺人犯に着けられた監視官のような。
嫌悪と、少しの怯え、それを隠すための威嚇的な態度。
決して良いものじゃない。
それでも私が立っていられるのは、この空気感を作り出しているのは彼一人ではないからだ。
私の右側に立ってくれている外人さん。
彼、六弥さんは、私が寮に入るとなった時最初は静観していた。
でも和泉さんと挨拶した時、きちんと歓迎してくれたのだ。
北欧系のハーフだと言う彼の出身国に聞き覚えは無かったが、故郷を離れた者同士仲良くしよう、と言って歩み寄り、握手までしてくれた。
コレが、たとえ欧州文化で一般的な立ち振舞いだったとしても、私は構わない。
あの時とても救われた気持ちになったのだ。
人から対等に扱われる事に、他の人がどのくらい有り難みを感じるのか知らないけれど、私は貴重な事だと思っている。