第2章 始めて掴まれて
片方のマグカップを和泉さんに渡して、逢坂さんも口をつける。
香りからして、どちらもコーヒーだ。
「一華ちゃんのコップとか、新しい食器もいるよね。何飲みたい?」
まさか来たばかりの家で自分で淹れます、なんて言えないし出来もしないので、同じ物を頼む。
少し近寄って、逢坂さんの手を観察した。
男性的で平べったい。
細く長い指先には、少しだけ大きい爪が見える。
当たり前だけど、私が見慣れている工場の職人たちのようなごつごつした手とは違った。
何も言わずじっと眺める私に、逢坂さんはその手を動かして物の場所を言いながら、コーヒーを淹れてくれる。
うん、今度からは自分でお茶を飲めるな。
受け取ったコップが紙コップなのを申し訳ないと言って、逢坂さんがコーヒーを渡してくれる。
熱いコーヒーは、これから冬の寒さと闘う私の体を、元気づけてくれている気がした。
「おはよー、壮五、一織。あ、山中さんも。意外と早起きなんだな」
リビングに入ってきたのは三月くん。
私が早起きだと意外、なんだな。
確かに、いつもは布団の中で最低三十分は眠気と戦ってから目を覚ますから、正解。
今朝は鳥居先生に壮絶な目覚めをプレゼントされたから、早く起きざるを得なかった。
あのまま布団の中に居ても、大した睡眠はできなかっただろうけど。
「昨夜も注意したけど山中さん、ここは男しか居ない。未成年も混じってる。住む場所が見つかるまでは居ても良いけど、できるだけ早く出て欲しいのは本当なんだ。ごめんな」
私の顔を真っ直ぐ見て、三月くんは言う。
正面から話してくれるところが、彼なりの優しさなんだろう。
こういう人には、腹の内を探るような事を考えなくて良いから、すごく好きだ。
「オレたち男に言いにくい事なら、鳥居先生に遠慮なく話せよ。あの人だいぶ変わってるけど、薬に詳しいのは本当だし、実は面倒見も良いからさ」
「ありがとう。そうするようにするわな」
笑顔で答えてから、自分が方言で話してしまった事に気づく。
上手く伝わらなかったかも。
「えっと、そうしますね。ありがとうございます」