第7章 今日からお世話になります
乗り込んで来たのは、和泉さんだった。
驚きで涙が引っ込む。
私は慌てて涙を拭き、すみません、と何となく謝った。
「謝られても困るんですけど」
「すみません・・・あっ」
「あ、じゃないですよ全く。これだからあなたという人は」
多分責められているが、また謝ってしまったら、もっと和泉さんの機嫌を損ねそうなので。
ここは背中を小さく丸めて黙っておく。
私は年下にチクチクと叱られる人間なのだろうかと思うと、情けなかった。
そこに鳥居先生が運転席のドアを開けて戻ってくる。
「やあやあ、お二人さんお待たせ。鍵は預かってきたから安心しな。・・・・・・ウェイト?」
変な間を空けて、何が待って、なのだろうと私が首を傾げていると。
鳥居先生はシートベルトを締める前に、私の顔にぐいっと近づいた。
鼻から出る息がお互い分かりそうなくらいの近さに、私がひるむ。
バックミラーを覗く余裕なんて無いけれど、きっと和泉さんも驚いている事だろう。
「泣いた?」
鳥居先生の手が、私の頬を指先で、すっと撫でる。
「・・・・・・・・・・・・泣きました」
直球すぎる問いに、少々目元を引きつらせながらも正直に言うと、鳥居先生はハンドルをぎゅっと握り。
それはそれは豪快に笑った。
「良かった良かった! それはあんたが感情をまだ手放してない証拠だよ。うつ病と言っても、あんたは軽い方だろうからね。心配いらないよ。ああ! 安心安心!」
私に向けた言葉なのか、和泉さんに向けた言葉なのか、鳥居先生自身に向けた言葉なのか。
私にはよく分からなかったけれど、バックミラーをちらりと覗き見ると。
和泉さんは、大層ドン引きしていらっしゃるようで。
うん、分かる。
と、思った。
鳥居先生が、私にシートベルトを締めるように言う。
私がまごついている間に鳥居先生は、すっかり発進させる準備を整えていて。
自分のトロさを自覚しつつ、しかしなぜか悲しくならなかった。
和泉さんは、いつの間にかシートベルトを締めていて。
今日も私だけが、行動が遅いのだと実感した。
私がシートベルトを締めると、鳥居先生は車をなめらかに発進させた。
そういえば、和泉さんはどうして同乗しているのだろう。
疑問が頭の中を埋め尽くして、色んな理由を想像している内に。
いつの間にか私達は寮の前に着いていた。
