第7章 今日からお世話になります
ただの自己防衛だ。
会議室から出て環くんと別れ、事務室の様子を伺う。
社長さんの電話が丁度終わったようで、社長さんが部屋の外まで出てきた。
「ありがとう、八乙女事務所さんとの電話は終わったよ」
社長さんは、いつも通りの笑顔だ。
良かった、泣いてしまった事は気付かれてないみたい。
「ところで、目尻が赤いけど。何かあったのかい?」
バレてたぁー・・・!
どうしよう、何て言って誤魔化そう。
気のせいじゃないですか?
は、否定されれば打つ手が無いし。
化粧失敗しちゃってー。
は、見破られたら終わりだ。
かと言って、さっき感動する動画見ちゃいまして。
は、仕事中なのに何してるんだと咎められそう。
私は社長さんと、今までそんなに関わらなかった。
関わらないで良い立ち位置に居た、というのが正しいかもしれない。
社長さんはいつも、何も言わずにお仕事なさっている。
具体的にどんな仕事内容なのかは、私には想像すらできないけれど。
社長さんがいつも忙しいのは知っている。
対して私は、仕事らしい仕事をまだ、させてもらえた事が無い。
オフィスワークといえば、パソコンをカタカタ叩いて眼鏡をクイッと指先で整えながら、素早くクールに事務仕事を片付けるイメージだ。
掃除ばかり雑用ばかりの私とは、雲泥の差である。
ああ、なんだか、自信が無くなってきた。
静かにしょんぼりしてしまい、しかしすぐに、はっとする。
今の私は社長さんの目の前に居るのだ。
もっと緊張感を持って立っていないと、また仕事をもらえなくなる。
私は咄嗟に。
「ちょっと疲れが取れなかったかもしれません」
「大丈夫かい? 無理しなくて良いんだよ。山中さんはまだ新人なんだから。仕事はゆっくり覚えていってくれたら良い」
その言葉はとても優しかった。
でも、私には辛い言葉に感じた。
当たり前だけど、頼りにされてないんだなと思って。
ふっと、笑う。
自分への嘲笑だった。
「そうですね、私はまだ、新人ですものね。分かっています」
分かっている、つもりだ。
まだ、頼れない新人なのだ。
これから、頼れる社員になるのだ。
分かっている。
分かっているのに。
私は、俯いた。
涙が滲んでくる。
ぽたぽたと、雫がこぼれる。
ああ、どうして、私は泣いてしまうのか。