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get back my life![アイナナ]

第7章 今日からお世話になります


 ぽつりと呟く。
 その言葉は、何気なく言った一言で。
 でも、キッチンに響き渡るように、こだました。
「どういう事だよ一華」
 三月くんが尋ねてくる。
 この言葉は、まるで私を責めているように聞こえた。
 私は、ただ逃げたくなってしまって。
 三月くんの前を無言で通り過ぎ、階段を登って行った。
 おい、と叫ぶ三月くんの声がする。
 でも私は、決して振り返らず、真っ直ぐ自分の部屋まで駆け上がって行った。
 部屋のドアをバタンと閉めて、荒くなった息を整える。
 どうしても、逃げなければならなかったのか。
 自問するけれど、答えなんて無い。
 無性に逃げたくなって、逃げてきてしまった。
 私は、情けない臆病者だ。

 でも、仕事には行かなければならない。
 私は着替えて化粧をした。
 スーツに袖を通すと、少し冷静になれた気がした。
 どういう事だよ、と聞かれた私。
 責められたように感じたあの響き。
 だけど、三月くんは私を責めるつもりは無かったのかもしれない。
 分かっている。
 これは私の被害妄想だ。
 あの言葉を文字通り受け取ってみれば、きっとそれは心配なのだと思う。
 心配、気配り、気遣い、それと哀しみに少しの苛立ち。
 それらの感情を敏感に察知してしまって、私は居ても立っても居られなくなってしまったのだろう。
 と、思う。
 私がうつ病だから?
 いや、きっと違う。
 この逃げ癖は、私の性分だ。
 いつか、きっと、ちゃんと向き合わなければならない。
 でもそれは、今はまだ怖い。
 私は両腕をぎゅっと抱きしめる。
 体が、震えている。
 これは寒さのせいじゃない。

 ノック音がした。
 誰だろうか。
 いや、誰であろうと今は怖い。
 私は耳を澄ませた。
「山中さん? 朝ごはんできたよ。起きてるかな」
 柔らかくて、温かい、優しい声だ。
 逢坂さん。
 相手が彼で、すごくほっとした。
 もし和泉さんだったならと、不安になっていたから。
 それでも、体の震えは小さくなるだけで止まってくれなくて。
 だから私は、恐る恐るドアを開いた。
 目の前には、逢坂さんと三月くんが立っていた。
 二人とも、普通の笑顔を浮かべていた。
 三月くんの姿を見て、肩がビクついてしまう。
 笑顔なのに、まだ怖い。
「あれからちゃんと休めたか?」
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