第6章 成功の影には必ず何者かの失敗がある
しばらく鳥居先生の腕の中で泣いていたら、段々とすっきりしてきて、恥ずかしさが上回ってきた。
そうすると涙は自然と引っ込んでいって、頭が軽くなる。
私は鳥居先生から両手を離し、顔を上げた。
幸いな事に、鼻水は出てきていない。
鼻詰まりはしてるけれど。
「鳥居先生、お話なんですけど」
「・・・・・・なんだい?」
問いかけられた声も優しくて、私は余計に恥ずかしくなる。
頬が熱い。
「あの、えっと」
「ゆっくりで良いよ」
その言葉に救われる。
私は意思を固めて、鳥居先生の目を見た。
綺麗な翡翠色だった。
「私、あの寮を出なきゃと思ってるんです。でも、今はまだ出たくなくて。もう少しだけ、あと少しだけで良いから、皆さんと一緒に居たくて。だって、ようやく分かり合える気がしているんです、二階堂さんと。私、ちゃんと向き合いたいんです。ごめんなさいも、ありがとうも、ちゃんと言ってから出て行きたいんです。・・・・・・でも、そんなのは我儘ですよね」
「なぜ? 別に良いじゃないか!」
非常にあっさりと、鳥居先生は言う。
「あんたのやりたい事が分かって、良かったとあたしは思うよ。どうしてそれを否定しなくちゃいけないのさ。あたしはあたしの好きなように生きてるし、あんただってあんたの好きなように生きれば良いんだよ。多少迷惑かけるかもしれないけど、そんな事はオタガイサマじゃないか」
確かに、鳥居先生は自由に生きてる感じがした。
迷惑はお互い様。
うん、そうかもしれない。
私はこくりと頷いた。
「私、必ずあの寮から出ていきます。でも、それは今すぐじゃなくても良いんですよね。そう聞いて、なんだか心が軽くなったような気がします」
「ああ、それで良いんだよ」
鳥居先生になら、甘えても良いような気がした。
鳥居先生の車の中、助手席で私はこくりこくりと船を漕いでいた。
寝そうになってしまうのをなんとかこらえて、私は鳥居先生に渡された、薬の入った袋を握りしめている。
鳥居先生が勤務している薬局は、思っていたよりも大きかった。
私がこっちの世界に来て、最初に連れて来られた病院の、真下にある薬局が鳥居先生が所属している薬局らしく。
ほとんど病院の中にあるような物だった。
あの大きな薬局で、鳥居先生は日々働いているんだ。
と、思ったけれど、どこか実感は沸かなかった。
