第6章 成功の影には必ず何者かの失敗がある
けれど私は、早くこの時間を終わらせたかった。
多少のごまかしを含めながら精神科医に話し、私はすぐに解放される事になった。
受付の看護師さんに軽く頭を下げて、心療内科を出る。
鳥居先生の車まで戻ってくると、私は深く深く呼吸をした。
「大丈夫かい? 水飲む?」
鳥居先生の心遣いに私は甘えて、無言で頷きペットボトルの水を受け取った。
コクコクと水を飲む。
喉が渇いていたわけでもないのに、水が喉を通るのを止められない。
気づけば半分以上減っていた。
緊張? 恐怖? 安堵? 不安?
何が理由かは分からないけれど、水を飲んでいる時の私の右手は、微かに震えていた。
「よく頑張ったね、エライよ」
座席にだらりともたれかかっている私の、右肩をさする鳥居先生は、温かい笑顔を浮かべている。
・・・話さなきゃ。
家の事、寮を出る決心を着けた事を、話さなきゃ。
でも、どう話せば良いんだろう。
水を飲む手を止めて、私はとりあえず処方箋を鳥居先生に見せた。
「あの、今回の薬なんですけど」
両手で、すっと差し出したつもりの処方箋が、わずかに上下に揺れている。
震えているのは右手だけじゃなかったらしい。
「うん、今回もちゃんとあたしに言えてエライね。このまま薬局まで戻って、薬渡してあげるからね。ちゃんと飲むんだよ」
鳥居先生は右手で処方箋を受け取り、左手で私の頭を優しく撫でた。
そのまま私は鳥居先生に寄りかかる。
「よしよし。よく頑張ったね」
鳥居先生は、優しい。
まるでお母さんのように、優しい。
甘えたくなる。
でも。
私は誰かに甘えて良い資格が無い。
分かっているのに。
頭では理解しているつもりなのに。
鳥居先生にもたれた首は、上がるどころか浮く事もない。
広い胸に包まれて、気がつけば鳥居先生が両腕で、私をぎゅっと抱き締めていた。
少し、呼吸が苦しくなって。
涙があふれた。
人前で泣いてはいけないのに、涙が止まらない。
「良いんだよ、泣いたってさ。あんたはずっと一人きりで頑張ってたんだ。きっと頑張り過ぎなくらいに、頑張ってたんだよ。だから思いっ切り泣きな。誰も見てない、責めてない。あんたはよくやったよ」
そう言われると、もうダメだった。
私は鳥居先生に縋りつき、大きな胸に額を押しつけ、子供のように泣き叫んだ。
我慢してたのかな。
