第6章 成功の影には必ず何者かの失敗がある
二階堂さんは私に、わざわざ言葉をくれている。
その言葉に、私はきっと誠実にならなければならないのだろう。
精一杯の、誠心誠意の誠実さを。
求められている。
私は、何か答えるべきなのだと思う。
でも、何と言うのがベストなのか、言葉選びに迷って。
指先を遊ばせた。
二階堂さんは、私の答えを待ってくれていたのだけれど。
レッスンもアイドルの仕事の内だ。
仕事中に、私なんかに長い時間は使えない。
「ごめん、それだけだから」
じゃ、と短く。
二階堂さんは言って私の部屋からあっさり出て行ってしまった。
レッスンは、思いのほか長い時間がかけられた。
何時間か経って、私の仕事も終わりになる。
今朝、新しく渡されていたスマホを起動して、レッスン終了の報告を紡さんにした。
すぐに返事のメッセージが返ってくる。
おつかれさまでした。
と、一言だけ。
紡さんは忙しいのだろう。
私とは違って。
紡さんは優しい。
いつも親切に仕事の事を教えてくれて、嫌な顔一つしない。
そればかりか、慣れない仕事に頭を悩ませている私を気遣って、甘い差し入れや、さり気ないフォローをくれる。
私はそれを、ありがたく思っていた。
でも、それもいけない事なのかもしれない。
私は紡さんの足を引っ張っていて、紡さんは心の底では私の至らなさに困っているかもしれない。
万里さんも私を煩わしく思っていて、社長さんも鳥居先生も私の存在に面倒を感じているかもしれない。
二階堂さんが、私を最初見た時不機嫌を隠さなかったように。
皆さん私を嫌っているかもしれない。
と。
意味の無い、かも、の話を考えていたら、だんだん気分が重くなってきた。
どうせ、人の心は分からない物。
だったら傷つかないように、最初から期待しなければ良い。
どうせ私は、どこに居たって一人なのだ。
一人で居るべきなのだ。
簡単に誰かに心をさらけ出してはならない。
あんな風に、泣いている姿を見られるべきでは無かったのだ。
たとえそれが、和泉さんや二階堂さん以外の誰かだったとしても。
見せるべきでは無かった。
私は孤独でなければならない。
こんな当たり前の事を、危うく忘れてしまうところだった。
私は昔犯した罪を、生涯背負って生きてゆかねばならないのだから。