第6章 成功の影には必ず何者かの失敗がある
しばらくは滞り無くレッスンが行われていた、はずだった。
だからなのか、仕事中にも関わらず私は少しばかりうとうと、としてしまっていたらしい。
だがそんな微睡みも、刹那の時が経つ頃には吹き飛んだ。
三部屋から聞こえていたカウントが止まり、人と人が揉める声がする。
そこで一気に目が冷めた。
私はまず慌てふためく。
どうしよう、どうしたら。
けれど慌てているばかりでは、何の解決にもならない。
(一旦冷静になりや、山中一華! 今のこの状況を、まずは把握せなアカンやろ?!)
深呼吸を一つ。
まだまだ足りない。
深呼吸を二つ。
それでも足りない。
深呼吸を幾回も。
すぅ、はぁ、すぅ、はぁ、すぅ、はぁ・・・。
ようやく冷静さが出てきた頃には、三階全体が静かになっていた。
物音一つしない、という訳では決してないけれど。
誰かと誰かが、喧嘩をしているような空気も雰囲気も感じない。
けれど安心するにはまだ早いので、私は自室を出て、三部屋を見回りする事にした。
まず扉を開けたのは、和泉さん、陸くん、九条さんの居る部屋。
脳裏に浮かんだ紡さんからの、陸くんと九条さんが喧嘩しないよう気をつけてほしい、という言葉を思い出したからだ。
そっと扉を開けて、控えめに声をかける。
「レッスン中失礼致します。皆さん、大丈夫ですか? 先ほど騒ぎのような声が聞こえましたので、様子を見に参りました」
中を覗くと、涼し気な顔で汗を拭いている九条さんと。
何か吹っ切れたような顔をした、陸くんと和泉さんの表情が見えた。
「問題ありません。少し意見交換をしただけです」
と、和泉さん。
その言葉を裏付けるように、陸くんがぱっと明るい顔をして、私に駆け寄ってきた。
「心配させちゃってごめんね、一華ちゃん。一織の言った事は本当なんだ、喧嘩みたいになっちゃったのも事実だけど、気にしないで?」
陸くんの表情はカラッとしている。
次いで九条さんの方を向くと、こっちは大丈夫、と言われた。
「ご心配おかけして、すみません。でも、もうすぐレッスンを再開させますので、ご安心下さい」
何で揉めたのか、は教えてくれそうもない。
でも男の子同士だし。
ちょっとしたいざこざは、日常茶飯時なのかもしれない。