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get back my life![アイナナ]

第6章 成功の影には必ず何者かの失敗がある


 次に顔を合わせたのは十さんだった。
 彼の事は、はっきり覚えている。
 陸くんの部屋に居て様子が分からなかった九条さんとは違い、十さんとは一緒にお酒を飲んだ。
 まあ、私はその時風邪だったから、正確には呑んでないんだけど。
 あの時の、どこの言語か分からない言葉は、おそらく方言だろう。
 ちゃんとお話ができれば良いんだけど・・・。
 湧き上がる不安は当然のもので。
 でもご挨拶するのだから、そんな事思っちゃいけない訳で。
 私は新人社員を演じる事で、何とかギリギリ顔に出さずにいられた。
 階段を登ってきた十さんに、深々と頭を下げる。
「あの、めんそーれ、です。本日からお世話になります、山中一華です。よろしくお願い致します」
 めんそーれ、は琉球言葉でようこそ、とかこんにちは、等という意味らしい。
 他の言葉は難しすぎて覚えるのを諦めてしまったけれど、この言葉だけはばっちり覚えた。
 果たして私の言った事は通じただろうか。
 十さんは、最初ぽかんとした顔をして、それからにっこり笑ってくれた。
「あはは! めんそーれ。こちらこそよろしくおねがいします。うちなーぐち、喋れるの?」
「うちなーぐち・・・? いえ、あの、すみません。方言は地元の物しか分からなくて、でも、がんばります!」
「覚えてくれるの? 嬉しいなあ。じゃあ、時間ある時に少しずつ教えていくね」
(いつの間にそんな話になったんやろうか)
 内心焦りが出たが、顔には出さないように変わらず笑顔でいる。
 気づいたら私は、うちなーぐちという恐らく沖縄弁を覚える事になっている。
 それとなく断って回避する方法は無いだろうか。
 いや、下手な事をまた言って、相手方の信用を下げてしまうのは避けたい。
 ならば私が取るべき行動は、やはり一つしかない。
 沈黙は金、だ。
 一度諦めたあの難しい言葉を覚えなきゃいけないなんて、そんなの無理に決まってる。
 大体、英語どころか日本語だって、私はまだまだ使いこなせていないのに。
 ああやってしまった。
 知らぬ間に墓穴をまた新たに掘ってしまっていたらしい。
 思わず泣きたくなるけれど。
 我慢我慢、今は舞台の上だと思え私!
「御手柔らかにお願い致します」
 もう腹をくくるしか無いんですね、そうなんですね。
 十さんは、輝かんばかりの笑顔を浮かべていた。
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