第5章 トリガーの襲来
待って、と呼びかけられて、幼い三月くんが後ろを振り返ると、地べたに這って半べそをかく弟の顔があった。
それに気づいた三月くんが弟に駆け寄って、手を貸してあげる。
三月くんの手を借りて何とか立ち上がった彼の膝には、案の定擦り傷ができていた。
三月くんは弟としっかり手を繋いで家に帰り、絆創膏を貼ってあげた――。
「痛いの痛いの飛んでけーってさ。それくらいかな、後にも先にも、俺が一織にしてあげられた事って。いつの間にか、一織はすげえしっかりしちゃって、俺はお兄ちゃんなのにちょっと捻くれるくらいだったよ」
そんな昔話を聞かされて、私は思った。
どうして、そんな話をしてくれたのだろう。
疑問に思っていたのが顔に出ていたのか、三月くんは私の足の傷を丁寧に手当てしてくれた後で、苦笑する。
「皆の役に立てるように頑張るって、一華言ってたけどさ、焦んなくて良いって。無理して頑張らなくって良いよ。だって、一華は俺と一歳しか変わらないんだぜ? 自然と色々頼っちまう事になると思うから、そん時に力貸してくれれば良いからさ。今は俺たちに頼ってくれよ。俺、自分の見た目がこんなだから、女の子に頼られるの、実は結構嬉しいんだ」
諭すように言われて、私は胸のつっかえが取れたような気持ちになった。
焦らなくて良い。
たったそれだけの言葉が、私の心をラクにしてくれる。
「私、皆さんのご迷惑になってませんか? 本当に、お世話になっても良いんですか?」
目を見て尋ねるのが怖くて、貼ってもらった絆創膏に指先をなぞらせながら、俯いたまま問いかけた。
三月くんは、下がった私の肩の上に手を置いて、何も言わずとんとん、と優しくしてくれる。
私は、思わず涙が滲んでしまって。
顔を見られないように両手で目元を覆って、更に下を向いた。
溢れ出した涙は、堰を切ったように止まらない。
三月くんは、寄り添うように隣に座って、私の背中をなでてくれた。
真っ直ぐで温かい三月くんの優しさに、私はただ包まれて泣いた。
声を聞かれるのは恥ずかしいから、変に力を入れてしまって。
しばらく泣いて、泣き止みそうになった時には今度はしゃっくりが止まらなくなってしまった。
ひとりでに困惑していた私の顔を見て、三月くんには大声で笑われてしまった。
・・・それが、なかなかに恥ずかしかった。
