第5章 トリガーの襲来
私は自分の事を、人から褒められる容姿をしているだなんて、一度も思った事がない。
でも大人が望む顔をするのは、他の人よりも得意だとは思う。
私は、皆が上手く騙されてくれますように、と祈っていた。
――コンコン。
と小気味よいノック音がして、ようやく鏡の前から移動した。
扉を開けて相手を確認すると、盆に鍋と椀を乗せた三月くんだった。
「一華おはよう! これ、お前の分の朝飯な。一応、食べやすいように粥にしといた。食べ終わったら薬飲んで、大人しく横になっとけよ。一華が今日休むのは万里さんに連絡してあるから、仕事の事は気にすんなよ。それから、足の怪我は後で見せろよ。食べ終わった食器取りに来た時に、俺が消毒とかしてやるから。今はとにかくちゃんと食べろよ、じゃあな」
お盆を受け取ると、おはようもありがとうも言う間すらなく、一方的に話をされて。
三月くんは、颯爽と部屋の扉を閉めて、階段を降りて行ってしまった。
私が風邪を引いていて、少し思考が鈍くなっているのは理由の一つかもしれないけれど、それ以上に三月くんの言葉も行動も早かったのだ。
しばらく呆気に取られながらも、私はどこかで冷静さを手放さずに居られたようで。
頭の片隅で、これは食器を取りにまた来てくれるまで、そう時間がかからず、同じくらい流れるような早さかもしれない、と感じていた。
鏡と睨めっ子していたさっきまでとはまた違う焦りを覚えて、私は気持ち少し急ぎ足になったつもりでお粥を頂く事にする。
食事するのも面倒だとあれほど思っていたにも関わらず、無我の境地になると、私は鍋の中にあった粥をほとんど食べてしまっていた。
お粥は、食べ飽きないよう、箸がすすむようにという料理人の工夫がされていた事に、後の方になってから気づく。
お米の柔らかさや味の濃さ、それから一番下の隠されたような梅肉で、味わいがグラデーションのようになっていた。
誰が作ってくれたのかは、私には分からないけれど。
これはぜひ、どうやって作ったのか、教えてほしい。
作り方を覚えたら、陸くんが病気で辛くなった時に自信を持って出してあげられるし。
こんな細かい気遣いに溢れた料理を作れる人なら、看護の基礎知識くらいは持っていそうだなと思ったから。
三月くんが戻って来たら、忘れない内に尋ねてみよう。