第70章 さよならを
征十郎が目の前に立つ
まだ渡していなかった自分のリボンを解き渡すと代わりに彼が持ったままだったネクタイを渡された
新品だと言っても問題ないくらい綺麗なネクタイだった
彼らしいと思い、場に合わない笑顔がまたもこぼれる
『ありがとう』
「…ああ」
彼の後ろには出入口がある
緑間とテツヤが抜けたことによりさらに透明に近くなった手を見た征十郎は顔を歪ませた
言いたいことは分かる。逆の立場ならあたしも顔を歪ませているだろう
「オレがここから出なければ、名前は消えないのかい?」
『…そうだって言ったら征十郎は出ないの?』
「そのつもりだが」
『確かにそうかもしれないけど…無理だよ』
「いざとなったら赤司の力を使ってでもここを何とかするが」
冷静に受け答えする征十郎。あたしも冷静ではあるが、彼ほど冷静にはなれなかった
消えたくないが、出られない。このどうしようもない状況を赤司の力を使って何とかする気なのかと、いつも見ていた赤い瞳を見る
『…そんなことしても、向こうの6人は入ってこれないよ』
「だとしても、名前が居てくれた方が喜ぶだろう?」
『そうかもしれないけど、あたしはそれを望まないよ』
「名前がそうでも、オレは名前がいるほうが幸せからね」
嬉しいことを言ってくれるが、そんなの現実的ではない
いつか絶対に彼もこの場をでなければいけないのだ。ならば遅くても今でも、結果は何も変わらないだろう
『…なら、強行突破かな』
目の前に居る征十郎の頬に手を添え背伸びをし、唇を重ねる
それは1秒、それ未満の短い時間だったかもしれない
だけどあたしにはとても長く感じ、何かが満たされた感覚がした
『好きだよ、征十郎』
「名前、」
『だからこそ、お願い』
自分の中の隠していた思いを伝えるのはこんな簡単だったのかと、動じている征十郎のことを軽い力で押す
簡単に向こう側に行ってしまい、誰もいなくなったからかどんどん透けて、透明に近づいていく
壁が役割が無くなり消えたのか、彼らは体育館の中へと戻ってきた