第68章 ちゃんと考えてるよ
「それなら黒子に名前を頼むと言っておかないとね」
『あたしも洛山に挨拶行こっか?弟よろしくって』
「わざわざ京都まで来るのかい?オレも誠凛に挨拶行こうか」
『やだよやめてよ』
冗談で返したのに冗談なのか本気なのかわからない様子で返されて2人で笑い合う
雑談を続けていれば家に辿り着く
何の未練もないように振る舞いながら、彼がここまで持ってきてくれたバウムクーヘンとお高いチョコを受け取った
『あと数日、よろしく頼むね』
「こちらこそ」
『また明日ねー』
手を振り小さくなっていく背中を見つめる
大丈夫。上手くいつも通りを装ってはずだと言い聞かせ、彼の背中が見えなくなったところで家に入ろうと扉に手をかけると違和感を覚える
『…またか』
透けている自分の右手を気にしないようにドアを開ける
以前は弱気になったときだけだったが、最近頻度が上がっている
そろそろなんだろうかと、鼻の奥がツンとするのを感じながら暗いリビングにバウムクーヘンが入った箱を置いた
『大丈夫。大丈夫…』
寝ているときによく彼が掛けてくれていた言葉を繰り返しながらバウムクーヘンを1口食べる
甘い味と一緒に口の端からしょっぱい水が混じってきて、せっかく彼の手作りなのにもったいないなと、1人で笑った