第10章 情景
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「…兄上、少しよろしいですか?」
「なんだ、千寿朗。」
「その……
さんはもうすぐ戻られるでしょうか…。任務に出られてから、もう随分経ちましたよね…?」
なかなか帰ってくる気配がないに痺れを切らしそうになっていた頃、
千寿朗が俺にそう切り出してきた。
「…もしかして、もう、帰ってこないんじゃ……。」
「うむ、滅多なことを言うんじゃないぞ、千寿朗。」
「…っ!すみません…。」
「ならきっと大丈夫だ。そう案ずるな。
…だが、そうだな…。なにか上手くいってないことがあるのかもしれない。近々様子を見に行ってこよう。」
千寿朗の両肩に手を置いて語りかける。
千寿朗に向かって言った言葉だが、
自分に対してのものでもあったかもしれない。
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"極力目立たぬ格好で来い" と宇随から念押しされ、
俺は黒鳶色の着流しを着て目的の場所へと向かった。
大門をくぐり、花街を歩いていく。
夜だというのに、ここは昼のように明るい。
遊女の白粉の匂いが時折鼻につき、思わず手で鼻をこする。
(荻本屋はどちらだ…)
宇随から鴉を通じて送られた地図を広げ
人にぶつからぬよう避けながら進む。
やっとがいるという見世に辿り着いた。
大きな見世で、張見世の前には大勢の人が群がっていた。
よもや…と思いつつ張見世のなかを垣間見る。
赤い格子の向こうにいたのは…
「………っ」
手前の中央寄りに座る彼女は、
豪華な着物に身を包み、悩ましげに一点を見つめていた。
その姿は、さながら牡丹のように艶やかだった。
…俺としたことが、いつもとまるで違うの姿から
しばらく目が離せなかった。
がなにやら背の高い男と言葉を交わし、煙管を受け取ったところでやっと我に返った。
(あの煙管は…?)
…が煙管を吸っている……。
そのまま男は立ち去ったが、あれは何か意味があるのだろうか。
俺は無意識にその男の後を追っていた。