第10章 情景
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少し開けられた窓の外から琴の音が聞こえる。
どこかの遊女が爪弾いているのだろう。
伊達男はひとしきり豪勢に遊んだ後、
私と二人で飲みたいと言って部屋を移った。
(……杏寿郎さん…私と目が合ってもにこりともしてくれなかったわ……怒っているのかしら…。
……そもそも杏寿郎さんはどうしてここに…?)
「……?僕の話聞いてる…?」
「っ…ごめんなさい、ちょいとお酒がまわってしまったようで…」
「ははっ、かわいいね。…君は廓言葉を使わないんだね。」
「えぇ…元々上手ではないので…。廓言葉の方がお好きですか?」
「ううん。そのままでいいよ。」
先刻の杏寿郎さんのことが気になって仕方ない私は、あれこれ考え事をしてしまい、彼の話など全く頭に入ってこなかった。
仕事に集中しようと気合を入れなおそうとするのだが、なんだか今晩はいつも以上に酔ってしまっている気がする。
「さ、、もっと飲みなさい」
私は伊達男に進められるがままにお酒を体に流し入れていた。
脳裏に焼き付いたさっきの杏寿郎さんの顔を酔うことで忘れてしまいたかったからかもしれない。
「君の隣で飲む酒が一番おいしいよ。」
「嬉しいことを言ってくださる…ありがとうございます。」
(杏寿郎さん……)
忘れようとしても心に浮かんできてしまう笑顔の杏寿郎さんを押し込めようと、
くいっとお猪口を傾けた。
お酒の味なんて、ちっともわからなかった。
ほら…と続けて徳利を差し出す男。
これで最後の一杯にしようと私もお猪口を差し出す。
…しかし、お酒を注いでもらっている最中手がぶれてしまい、零れ落ちたお酒は私のひざ元を濡らした。
「あっ…」
拭かなければ…と一度お猪口を盆の上に乗せようとしたのだが…
カチャン…っ
お猪口も落としてしまった。
「大丈夫かい…?」と心配する男は私の手をとり、
肘の方へつたってゆく酒を ぺろりと舐め上げた。
突然の出来事に、何をするのかと叫ぼうとしたのだが…
「ぃや…っ」
うまく声を出すことができず、
男の腕を振り払おうとしても力が入らなかった。
(何が起こっているの…!?)