第10章 情景
「ふぅ…」
潜入3日目。
重い、結ってもらった伊達兵庫髷が気になり、
指でちょんちょんと触りながら、私はとぼとぼと見世の廊下を歩いていた。
「さあ!仕込むわよ、仕込むわよォ!」
…と、いたく気合の入った遣手婆にしごかれ、
荻本屋に潜入した私は初日から、一日中舞や三味線の稽古に励んでおり、慣れないことをしたせいか精神的な疲れが溜まっていたようで思わずため息をついてしまった。
…こんなことをしている場合ではないのだ、
いや、大切なことなのだけれど…
(とにかく、"まきをさん"と合流しなくては…)
"まきをさん"というのは、同じくこの荻本屋に潜入中の
宇随さんのお嫁さんの内のひとりだ。
稽古がひと段落つき、次の予定まで少し余裕があると見込んだ私は、まきをさんにあいさつをするという口実で
彼女の部屋はどこかと、禿の子に尋ねた。
「…まきを花魁、ちょいとよろしいですか?」
教えてもらった部屋の前で正座をし、控えめに声をかける。
「はいよ」という返事が中から聞こえたので、そっと襖をあけて中に入る。
「…はじめまして、と申します。音柱からの命を受けて参りました。」
私がそう言うと、まきをさんは"静かに"と言うように鼻の先に人差し指を当てて見せてから、紙に筆を走らせた。
(まきをさん……綺麗な人ね…。)
この方が宇随さんの奥さんなのね…と惚けていると、いつの間にか彼女は書き終わったようで
私にもっと近くに寄るよう促し、その紙をみせてくれた。
紙には、
"天元様から聞いてるよ、これからよろしく。
あと、わかっているとは思うけど
鬼の居場所を正確に突き止められてない今、むやみにその話をするのは得策じゃない。
だから、なにか情報を共有したいときはこうして紙でやり取りをしよう。"
とあり、
「そしたら、こうね」
とまきをさんは言い、その紙を灰皿の上で燃やした。
にこっと微笑むまきをさんに向かい、私も「はい」と返事をした。