第10章 情景
「こちらだ。」
杏寿郎さんの後をついていく。
暗い廊下に二人の足音がこだまする。
杏寿郎さんは私の左手をつかんだまま今も放してくれない。
手当をしてくれるのは有難いけど…
(こんなところ千寿朗君にでも見られてしまったら恥ずかしいわ)
ある一室に入った杏寿郎さんは静かに治療具箱を棚から取り出し、私の指を消毒して包帯を巻いてくれた。
「…ありがとう……。」
このくらい自分でできるのに…と思い、
なんだが急に情けなくなったが、正直少し嬉しい。
世話を焼いてもらうのが嬉しいなんて、子供みたいだわと思ったところでふと杏寿郎さんの肩口が濡れているのに気が付く。
「杏寿郎さん、肩が…。手ぬぐいを持ってくるから髪を乾かして?風邪をひいてしまうわ。」
立ち上がろうとしたのだが、杏寿郎さんは私の手をとったままで離そうとしてくれなかった。
仕方なく私も立つのをやめ、どうかしたのかと彼の出方を覗う。
「…すまん、幼い頃、よく母上に同じことを言われたなと思い出していた…。」
杏寿郎さんは少し申し訳なさそうに、手元を見たままそう言った。
「…誰かに似ている、と、知らない人物の面影を重ねるのは失礼だな…」
「違うわ、そんなことないわ。
煉獄家の皆さんにお慕いされていたお母様に似ていると言ってもらえて、すごく嬉しい。実際、私も千寿朗君のような息子がもてたらなぁって思うもの。」
私が明るく言うと杏寿郎さんは安堵したのか、ふと笑って
「ははっ、千寿朗も嬉しいのだろうな…君にとても良く懐いている。俺も二人を見ていて微笑ましい限りだ!
…君は君だ。これからもらしく、そのままでいてくれ。」
「えぇ、もちろん。そうさせてもらうわ?」
からかい半分でそう返したら、なんだか私もおもしろくなってしまい、二人で笑ってしまった。
そうしていると「さん!ここにいたのですね、兄上も!」と千寿朗君がちょっとだけ拗ねたように部屋に入ってきた。
「千寿朗君っ!ごめんねぇ、今戻りますからね。…あ!竈門に火を入れたままだったわ!杏寿郎さんありがとう。髪かわかしてね?」
「うむ!行きなさい、引き留めてすまなかった!」
「なんのお話をされていたのです?」
私たちは"ひみつ"と言うように、千寿朗君に笑みを向けた。