第6章 綿毛の君
(腹の痛み止めの薬だが…果たしてこれで良いのだろうか…)
暗い廊下を歩きながら、俺は先ほど診察室で見つけた薬を見つめた。薬学のことはてんでわからん。
胡蝶を呼ぶべきであったかとも思ったが、生憎今晩は遠征に出ている。
部屋に戻り彼女に声をかけるが返事がない。
焦った俺は彼女に寄り様子を伺うが、浅くも規則正しい寝息が聞こえた。
眠りに落ちてしまったのだとわかった。
陶器のような滑らかで白い肌が、月明かりに照らされて眩しい。
口元の血液がその美しさを嫌に引き立てていて、俺は目が離せなかった…。
(……拭いてやらねば)
我に返った俺は持ってきた手ぬぐいを水で濡らし、優しく彼女の手と口元の血を拭った。
(腹の薬は…次に目覚めたときに飲めるよう、こちらに置いておこう)
俺は薬を側の机の上に置き、部屋を後にした。
ーーーーー
ーーーー
ーーー
ーー
ー
*
んっ
誰かに、口元を拭ってもらってる…
なにかついてるのかしら?
ここは…甘味処?
私は大福を持っていて…目の前には稔さんがいた。
彼はおかしそうに私を見ては、手ぬぐいで私の口元を拭ってくれた。
(きっと…大福の粉がついてたのね)
わたしは恥ずかしくなった…
でも、もう一度顔をあげると、稔さんと思っていた人物は、違う男の人にかわっていた。
私は驚いて声を出そうとしたが、
(しゃべれない…!)
それどころか、私は楽しそうにはしゃいでいる。
私は、私…に見える、他の誰かに乗り移ったかのような、不思議な気持ちだった。
突然場所が変わり、今度は家の中で数人で食事をしている。
その中にはあの女性もいた。
(あの人…私に、「生きて幸せになって」って言った人…)
食卓を囲む私たちは、ただの……そう、ただの、
幸せな"家族"のようなものだった。
この空間に懐かしさは感じる。
ただ、これは私の家族なのだろうか。
私に笑いかけるひとたちに、"この"私も当然のように応える。
(この人たちは、私の…大切な人なの…?)
ゆっくりと記憶をたどろうとするが、一向に思い出せない。