第16章 暁闇の元
「土産があるんだ。」
紅いビロードの小箱。
いつか…強く握りしめてしまったことで嚙み合わせがずれた、不格好なそれをゆっくり開ける。
中から六点対象の爪留めにダイヤモンドが填められた指輪を取り出し、の左手をとる。
こうするといいと、薫子が教えてくれたのだ。
薬指に指輪をはめる。
「杏寿郎さん…これっ……婚約指輪?嬉しい……憧れてたの」
指輪と俺を交互に見るは可愛い。
「そうなのか?君のためなら、毎日でもこうしてやる。」
薫子には、"好いてる女子がいる"としか伝えなかったが……よもや、こうなることを予想して…。
女子の感は鋭いと言うが、本当なのだろうか。
薫子にしてやられたと彼女を思い浮かべる。
「………」
堪らず抱きしめた。
腕の中の彼女はモゾモゾと動き、その腕を俺の首にまわす。
は小さく震えて泣いている。
彼女の後頭部に手をまわし、口づける。
我慢できなかった。軽く、何度も。
も一生懸命応えてくれる。
「ぁ…きょうじゅ、ろ…さん……」
唇の柔らかな温かさが離れる。
「……その浴衣…ずっと思っていたが、本当に良く似合っている…。」
「嬉し…。なんでも褒めてくれるのね。」
「が美しいからだ…誰にも渡したくない…」
「ん…」
の瞼に、頬に、唇に口づけを落とす。
甘いな、は本当に美味しそうな香りがする。いつも…こう、独特な……
そんなことを考えていると、不意にあの時のことを思い出した。思い出してしまったからには、訊ねずにいられなかった。
「……冨岡の…着流しを着ていたのはなぜだ?」
が腕の中で俺を見上げる。
突然の質問に驚いたようだ。
「そ、それはただ、稽古中に川に落ちて隊服が濡れてしまったから…。貸してもらっただけ。……杏寿郎さん…ヤキモチ?」
む……墓穴を掘ってしまったことに気がつき、またの口を塞いだ。