第16章 暁闇の元
"おかえりなさい"と言いたいのは私の方だ。
なのに口は思い通りに動かない。
「ただいま戻りました…」
「うむ…帰って早々悪いが、浴衣を着て出かけないか?夏祭りに行こう。」
杏寿郎さんは微笑んでそう言うと、私に中に入るよう促してくれた。
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久々の自室。嗅ぎ慣れた香りにほっと肩を下ろした。
家の中には千寿郎くんも槇寿郎さんもいないようで、しんとしている。
どこに行ってしまったのか…。
浴衣…というのは、この間杏寿郎さんが買ってくれた白地に金魚の浴衣だ。
この夏はもう着られないと思っていたから、突然のことに心が弾む。
髪と化粧を整えて浴衣を羽織る。
宝飾箱を開け、その中からあの菊の透かし彫りの帯留めを取り出し、着付けをした。
紅い宝石が浴衣によく似合う。
姿見の前で全体を整え、最後に日輪刀を風呂敷に巻き帯の背に差した。
夜の外出はどんな時でも帯刀すると、以前の出来事があってから決めていた。
杏寿郎さんは既に準備が出来ているようで、玄関へ向かうと前庭に彼の姿を見つけた。
「杏寿郎さん…お待たせしました。」
声をかけると"あぁ"と、それまで手に持っていた何かを袂に入れたように見えた。
「千寿郎くんと…槇寿郎さんは行かないの?」
「ふたりは先に行っている。が帰ってきてくれたから、俺も行こうと思えたんだ。ありがとう。」
「そんな…。杏寿郎さんは元々行かない予定だったの?」
「うむ、気が乗らなくてな……だが、君がいるなら一緒の思い出を作りたいと思った。うちで迎える初めての夏なのに、俺は長く任務に出てしまったし。」
「…思い出を?嬉しい、ありがとう」
思い出…か。きっと今日のことも、私の心に残り続けるんだろう。
以前と変わりない杏寿郎さんの隣を歩く。
その優しく温かな感覚に浸るように、夕日も雲にとろけていく。