第16章 暁闇の元
*
「煉獄のこと、好いているのか」
うるさいほど響いていた夏の虫の音が、止んだように感じた。
返事ができない。義勇さんの方を振り返れない。
日の当たらない廊下の空気は涼しく、踏み出した足裏から床板の冷たさが伝わる。
好いている……とは、師範としてではなく異性としての意味だということを、義勇さんの声色からなんとなく感じた。
「どうして……」
そんなことを聞くんですか?
言葉に詰まった。聞き返さない方がいい気がして。
…そうだ。
……やっぱり私は、杏寿郎さんのことが…好きだ。
このひと月、その気持ちを見ないようにして、認めないようにしていたのに。
義勇さんに看破され言葉にされてしまい、逃げてきた現実ととうとう向き合った気分だ。
…それでも、義勇さんには言えない、言いたくない。
義勇さんとの間に距離ができてしまう予感がして、それは嫌だった。
「…煉獄のところに戻れ」
「ぇ…」
義勇さんは黙りこくる私にそれ以上問わず、煉獄家に戻るよう言った。
「いつでも俺のところへ戻ってきていい。」
刀から顔を上げ、微笑む義勇さん。
西日が影を落としどこか儚い。
「……お心遣い、感謝いたします…」
その色気に酔ってしまいそうで、私の言葉は再び鳴り出した虫たちの音色にかき消されてしまったと思う。
何を言っても野暮になりそうな空気の中、他には何も伝えられなかった。