第16章 暁闇の元
「…、大丈夫か」
さっきとは違う、柔らかい声が上から降ってきた。
嬉しくなり返事をしようと息を吸い込むがあの…先日の、綺麗な女の子の肩を抱いている光景が脳裏に蘇り、顔を背けてしまった。
辛い…。
気を抜くと涙が出そうだ。
「…この傷は?」
右頬の傷に気がつかれてしまった。
まだ薄っすら痕が残っており、杏寿郎さんの指が触れる。
連日、日光の下で稽古をしているため治りが遅かったのだ。
「っ、冨岡!君がついていながらなぜが怪我をした!」
義勇さんが何も言わなかったからか、杏寿郎さんは早とちりして彼を責める。
「やめてください!義勇さんは無関係です!私が勝手に…鬼の出方を見誤っただけ…!」
「む……」
「杏寿郎さん…らしくないわ…。」
誰にでも公平な杏寿郎さん。でも今日は違った。
どうしてそんなに感情的なのか、あの任務に出てから変わってしまったようで寂しい。
杏寿郎さんは何も言わない。
私も顔を上げられず目を見られない。
「……、まだ隊服が乾いていない。それまでうちにいたらいい。」
「いや、後で着流しを返す。もう帰ろう。……!」
「ぁ…」
私の手を掴もうと伸ばされた杏寿郎さんの腕を、避けてしまった。
無意識だった。
嫌…あの子に触れた手で、触られたくない…。
気まずい沈黙。
「…わ、たしは、もう少し冨岡さんの稽古を受けたいです…。」
そもそも、どうして任務について何も言ってくれなかったのか。
継子なのに…。ひと月も離れるのに…。
今になってそんな憂憤が湧いてきた。
杏寿郎さんの側にいると、気持ちが乱れる…。
集中ができない。
義勇さんといると落ち着く。
それはなぜだかわからないけれど…。
「…!」
杏寿郎さんから反応がなかったのでようやっと彼を見上げると、とても悲しそうな顔をしていた。
「…そうか……よくわかった。」
杏寿郎さんは"頼む"と一言義勇さんに伝え、帰っていった。
「…っ」
揺れる炎の羽織を、掴みたい。
掴んで、彼を引き留めて、任務の事を聞けたら、あの女の子は…誰なのか聞いて教えてもらえたら……
このぞわぞわと不快な心は楽になるだろうか。