第16章 暁闇の元
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「くっ…ケホッ、ケホ……すみません…。」
あの日からまたしばらく、私は藤の家に泊まりながら冨岡さんの稽古に通う生活を続けていた。
杏寿郎さんはまだ戻らない。
出陣されてからもうひと月近く経つこの頃は、鴉が来るたび期待してしまう。
今日は山の中、山特有の障害物、斜面や木々を利用しながら打ち合いをしている途中、必死になりすぎ足を滑らせ川に落ちてしまった。
その川の水深は思いのほか深く、流されていたところを冨岡さんに助けてもらったという始末である。
情けない…
「怪我はないか」
顔を覗き込まれ冨岡さんと目が合う。
「……っ、大丈夫です。続きをお願いします。」
…先日の藤の家での一件を思い出してしまった。
彼の顔を直視できず、返事はぎこちなかっただろうか。
「ぁ」
立ち上がろうとするが濡れた衣服がもつれて上手くいかない。
「…今日は戻って休もう。体を温めた方がいい。」
「……はい…承知しました…。」
正直、連日太陽の下にいすぎたせいか、体調は良くない。
藤の家で休息を多くとるようにしてはいるが、足りないのだろう。
今回のように集中力も落ちてきた。
先を進む冨岡さんの後を追う。
「…っ!」
帰り道、大したことのない崖なのだが、服が足にまとわりついてうまく上がれないところで、冨岡さんが上から手を差し伸べてくれた。
その手を取り上ったが、平地になっても彼は離してくれず、私たちははたから見たらまるで仲の良い兄妹のように手を繋ぎ歩いていた。
(冨岡さん…また私が転ぶと思ってるのね)
冨岡さんは意外と優しい。いつも表情が変わらず、ぶっきらぼうなので冷たい印象があったけれど…。
彼に気づかれないように微笑んでいると、ふと訊ねたくなった。