第16章 暁闇の元
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鍋の中でふつふつと煮える鮭大根の香り。
作り方を千寿郎くんに教えてもらっておいて良かったと息をついた。
「冨岡さん!」
物音がしたので振り向くと、家主の彼が厨房に入ってきたのに気づいた。
「もうすぐできますので、向こうでくつろいでいてください」
「いい香りがしたので、来てしまった。…鮭大根か」
鮭大根、苦手だったかと鍋を覗く冨岡さんの表情を覗う。
一抹の不安は ムフフ とでも思ってそうな彼の笑みですぐに消えた。
そんな顔もするのねと安堵し私も笑みがこぼれた。
鍋の熱気のせいか、互いの笑みのせいか、あたたかい空気に囲まれたようで体が火照る。
冨岡さんと目が合うと、彼はこちらに手をのばしてきて
そのまま頬の傷跡に触れなぞる。
その手はひんやりと冷たい。しかし節榑立った指は男性を彷彿させ体の火照りが増した。
「……治ったな」
「っ……」
声が詰まって出てこなかった。
「いけないっ」
少しの静寂の後、吹きこぼれそうだった鍋が目に入り急いで火からおろした。
「……」
心臓の鼓動が早くなったのは鍋のせいだけではないと気がつき、すぐに冨岡さんの顔が見られなくて、
"しゃ…鮭大根、お好きですか?"
なんて、強引に話を戻してみた。