第16章 暁闇の元
「あ」
甘味処を出た時、斜め向かいの店先によく見覚えのある髪が見えた。
毛先のみ赤く染まる橙の髪…。あれは杏寿郎さんだ。
まさかここで会えるなんて…こんな近くにいたなんて…!
どうして私に一言も無しに行ってしまったのか、恨み言のひとつでも言わなきゃなんて思いながら彼の方に向かう。
「き…」
「杏寿郎」
彼の影から可愛らしい…上品な女の子が出てきた。
「ぇ…」
その子は耳飾りを杏寿郎さんに見せていた。
杏寿郎さんは…その女の子を大事そうに見つめている。
杏寿郎さんが彼女の肩に手を添える。
「…っ」
ドクンドクンと脈打つ私の心臓。
もう見ていられなかった。
なにより存在に気づかれたくなくて路地裏に隠れる。
誰…?あの女の子…
…杏寿郎さん…笑ってた…
わたしの大好きな、あの笑顔で…
くと、お腹が痛くなる。
手に力を入れすぎて爪が食い込みつと血が流れる。
「……ふっ」
そうだ。
こんな…屈強で得体のしれない特殊な女と杏寿郎さんが釣り合うわけがない。
今朝縁談の話をしたとき、千寿郎くんが動揺したように見えたのも、きっとこのことを知っていたからに違いない。
先程の女の子を思い出す。
…可愛かったな……
二人の姿振舞いはこの街によく馴染んでいた…
杏寿郎さんのあの笑顔が自分だけに向けられているだなんて、少しでも思ったことが恥ずかしかった。
ほろほろと涙が溢れ頬を伝う。
「うぅ…」
番傘をさしたまましゃがみ、とめどなく流れる涙に自分でも驚く。
そうだ。
杏寿郎さんに対するこの気持ちは
もう敬愛ではなくて…
わたしは…、わたしは杏寿郎さんのことが……
…好きなんだ…。
…バサ……
屋根にいたらしい鎹鴉が降りてきて心配そうにこちらを覗く。
「いいこ…」
優しく嘴を撫でてやり立ち上がる。
私は日の沈みかけた、暗い東へと向かった。