第14章 琴線に触れる
(千寿郎視点)
鬼の指先も、完全に動かなくなったころ
ようやくさんは鬼を殴るのをやめた。
どちらのものかもわからない、血だらけの両腕からだらりと力が抜け、空を見上げて息をつく。
その顔は、ゾクッとするくらい、エクスタシーに支配された表情だった。
そんな彼女から目が離せなかった。
いつの間にか辺りは完全に暗くなっており、さらに下がった気温か、この状況のせいか、ぶるっと体が震えた時、我に返った俺は彼女の名前を呼んだ。
その声は自分の口から出たのかと疑いたくなる程、震えていた。
呼びかけた先の彼女は、ゆったり振り返り、こちらに足を踏み出した。
その妖艶さは、すみれが香るようだった。
言いようのない高揚感に浸るさんは、力が抜けてただ座っている俺に右手を差し伸べてくれた。
でも俺は、たじろぎ、身構えてしまった。
どこか、本能的に怖気が体を襲ったのだ。
目の前にいるのはさんでさんじゃないような感覚。
俺が知っている彼女は、そんな風に笑わない。
でも…あぁ…
そんな顔をしないで
さんは俺の行動にショックを受けたのだろう
どんどんと悲愴な面持ちとなり
形の良いその眉も下がりきってしまった。
何か言わなくてはと焦る俺だったが、緊張で乾いた喉に言葉が詰まる。
「……帰ろう…?家に」
俺はただ、頷くことしかできなかった。
でもその時だった。
「……血、鬼…じゅ、つ……荼、毘餓…牢…」
「!?そんな…!!」
わずかに息のあった鬼の口元が再生し、気が付いた時には俺たちの周りは炎で囲まれていた。