第14章 琴線に触れる
(千寿朗視点)
さんと芝居を観に行った帰り道、
大荷物を運んでいた老人を手伝い、家まで送ったため
この林を通ることになったのだけれど…
ここは昼間もあまり日が当たらないのだろうか
木々を通り抜けてくる風が、ひんやりとしている。
本格的な夏はまだ先だが、今日は本当に暑かった。
だからこの涼しさは有難いのだけれど、辺りの薄暗さが不気味で
俺は少しさんの方に寄った。
振り返っても、林に入ったあたりが見えなくなったころ、
「!さん!?」
突然さんが俺に抱き着いてきた。
「いったいどう…」
「ちょっとごめんね千寿郎くん、走ろう」
さんはそう言うと、俺を横抱きにしてそのまま側の木に飛び乗った。
すごい跳躍だった。
家にいる間の稽古では、ほとんど一緒に時間を過ごしているのに、彼女にこんな力があるのは知らなかった。
驚きの一方で、少し羨ましくも感じた。
「千寿郎くん…っ、苦しいだろうけど、…もう少し、我慢してね…」
見上げるとさんのこめかみには、汗が伝っていた。
さんか、着物の母の匂いか…
どこか懐かしい匂いがする。
何かから逃げているのだろうか
まさか、鬼から…?
と、その時
何かが彼女のすぐ後ろに飛んできた。
そいつが鬼だと認識できた時、俺たちは地面へと向かって落下していた。