第14章 琴線に触れる
昨夜が自室で寝る準備をしてきた時、杏寿郎がこの着物を届けに来たのだ。
それは蜜陀僧色で、裾には草花が描かれており、
帯は幾何学模様という大人っぽいもので、これを明日着てくれないか?という彼の言葉に、は戸惑った。
「綺麗…。でも、本当にいいのかしら、もし汚したりでもしたら申し訳ないわ」
「いいんだ、自分のものと思って着てくれて構わない。それにもう初夏だし、白百合の着物をいつも着るわけにもいかないだろう?」
「うん…わかったわ。あり、がとう…」
大切な人の、大切な着物を着るのは、
なんとなく気が引けてしまう。
だが杏寿郎の好意をありがたく受け取ることにした。
ここで断ったら、彼を傷つけるだろうと思ったからだ。
それに翌日、が出かける準備をし終えて
杏寿郎と千寿朗がいる居間へ顔を出すと、ふたりの絶賛を博した。
杏寿郎は上むきの眉をさらに上げ、千寿朗は下向きの眉をさらに下げていたので、は思わず笑ってしまった。
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千寿郎はそんなの隣を歩いていると、こんな汗ばむ陽気でもなんだか清々しく感じられるようだった。
…それにしても、もう本当に遅い時間だ。
日中じりじりとふたりを照らしていた日は沈みかけている。
予定通りに芝居小屋を発ち帰路に着いていれば、もうとっくに家に着いている時間だったのだが、
道中で大荷物に困っていた老人の手助けをしたためにこうなってしまったのだ。
と千寿郎は林の中に入った。
ここからだと、この林を突っ切るしか道はなかったし、
これは家に帰る一番早い道順だった。
林の中は日が当たらず、薄暗かった。
まるでここだけ別の世界のように冷気に満ちていた。