第2章 一時帰還と美化された記憶
いよいよ、一時帰還の日になった。私は魔方陣が描かれた急ごしらえとは思えない木製の祭壇の中心に立つ。真向かいに立てられた棺に収められている空っぽな魂の器は私が入る時を、その瞼を開くときを待っていた。
「じゃあ、行きますぞ監督生氏。」
何事かイデア先輩が詠唱を始めると同時に足元の魔方陣が青く光り出す。フッと意識が一瞬持っていかれたかと思えば視界には臥せっている魔方陣上の私が見えた。
「…成功、ですか?」
花が飾られた棺から降りる。私の体は魂を失ったまま胸郭の緩やかな上下運動を繰り返している。
「そうだよ。…この君の肉体はもうすぐ生命活動を停止してしまうから自分の死体を見たくないならもう行きなよ」
「…では、ありがたくそうさせていただきます」
私は私だった体に背を向けて波立つ鏡面を囲う蔦の浮き彫り細工の額縁へと足を踏み入れる。後ろのオルト君とイデア先輩の表情はぐにゃぐにゃに曲がった銀色の世界に阻まれてどうなっているのかは分からなかった。
暫くなにもない闇が続き、訳も分からないまま監督生が真っ直ぐ進めば光が見えた。そこへ近付けば見えるのは見慣れた自室。引っ掻いた痕のある壁、赤錆色のシミがあるドアノブ。机の上には感情が荒ぶるままに書いたようなミミズがのたくったようなノート。それにはいつもの惨劇が再演されている。
「…そっか、向こうでは都合のいい幻想を見てたんだ」
監督生の目に狂気的な、攻撃的な光が宿った。
「ふふ、ふふふ…あっははは!」
喉から溢れ出す嗤い声を隠そうともせず、態度とは裏腹に冷静な思考回路で結婚式に使われる巨大な蝋燭がある両親の寝室のクローゼットを開けた。燐寸を擦り燃芯に着火して、露見しない場所へ置いておけばそれでいい。時間が犯行を助けてくれる。
両親は仕事に趣味に出ているらしく家には誰も居なかった。もう帰らないという旨の書置を遺して監督生はもと来た道を戻る。見慣れた自室が一点に渦のように歪んで巻き込まれていくのを見て、胸がすく思いだった。