第1章 監督生の絶望。
夕食代わりの栄養剤を摂って、帰りはオルト君に抱えられてゆっくりと星空の下を移動する。今にもこぼれ落ちてきそうな星に私は手を伸ばした。
「人間は死ぬと星になるって何かの本で言ってたの。
私もそうなっちゃうのかな…。」
「…」
答えづらいマイナスな発言をしたことに申し訳なくなり彼の顔を見ると何か決意のようなものが読み取れた気がした。
「あなたを星になんてさせないよ。」
「…ありがとう。」
重力に反するように浮いている彼に背を丸めるような姿勢で横抱きにされていると、胎児に戻ったような気分になる。心に移り行くものの一部を何とはなしに問いかけた。
「ねぇ、オルト君。テセウスの船って知ってる?」
「データ検索中…ヒットするものはありませんでした。……ううん、知らない。」
こちらを見つめてくる黄色い眼が落ちてきた星みたいだ。
「昔、テセウスって人が居て、船を作った。それは木で出来ていたから勿論時代の推移によって朽ちていく。その度に新しい部品に置き換えていって、さ。
…!!ごめん、オルト君。ちょっと降ろして。吐きそう。」
喉の奥から酸味とも塩味とも苦味ともしれない味がせり上がってきた。その中に今まで感じたことの無い鉄臭さを感じる。降ろされるとほぼ同時に吐いたそれは胃酸で焼けて黒くなった珈琲殻のようなごく小粒の血餅と血液が混じっていた。
「…監督生さん…」
「…うん。大丈夫。…えっと、でね?ついには全部新しい部品に置き換わっちゃったの。で、それは本当にテセウスの船なのかって言うパラドックスのひとつなんだ。」
胃酸でひりつく喉からは掠れた台詞しか言えない。否、胃酸のせいだけではないかもしれなかった。
「なんだか、私みたいだよね。元の世界の体をどんどんこちらの元素に置き換えて。本当にこれは私なのかってね。」
オルト君は何も言わなかった。ただ、オンボロ寮のベッドに私をそっと横たわらせ、顔の下半分を覆う堅いパーツを肌を傷つけない弱さでくっつけて離れて寂しそうに笑う。
「…おやすみなさい。」
機械音声の筈なのに、その声はひどく優しくて柔らかくて温かかった。