第1章 監督生の絶望。
その日、初めて学園長の依頼以外で授業を休んだ。どう頑張っても動かない脚を手で無理矢理曲げ伸ばしして、滑落するようにベッドから降り、匍匐前進の要領でいつもより何倍も時間をかけて廊下を進み階段を降りる。脚はもう既に感覚が殆ど喪われている。青息吐息で何とか談話室に辿り着き、窓を開けてソファに座った。ぼんやりと、空気中を漂い日光を反射して煌めく小さな埃を何とはなしに眺める。その間も思考は独楽鼠のようにちょろちょろと堂々巡りを続けた。
「…私、何のためにここへ来たんだろう…」
「監督生さん?」
特徴的な高い声に吃驚した。大きな窓から入ったのだろうか。オルトが円らな瞳で不思議そうにこちらを見ていた。
「あ、そういえば、オルト君には最先端の医療ツールが入ってたよね。」
「うん、兄さんがつけてくれたんだ!」
得意げなそのあどけない表情は少年その物。
「我儘で申し訳ないけど、ちょっと私を診て貰える?気になることがあってね。」
「いいよ!ちょっと待っててね。」
青い光線が爪先から頭の天辺まで嘗め回すように撫でていく。口元の見えない顔が一気に険しい色を帯びた。
「どうだった?」
恐る恐る尋ねれば首を横に振られる。
「…監督生さん。貴女の体はブロットに侵食され始めているみたい。」
スラックスに隠されて見えない脚を思わず見下ろす。この世界に来たばかりと寸毫も変わらぬスラックスと少し摩耗した靴があるだけだった。オルトがそのスラックスの下までもを見透かすように見つめてくるのに耐えられず、脚を隠すように靴を脱いでソファに正座した。
「ブロット…?私は魔法が使えない筈なのに…」
機械仕掛けのひんやりした手がふわふわと頭を撫でる。幼く整った顔が近づき口元を覆っているカバーが頬に触れた。
「こんな風に、魔法を使える人と接触した?…特に、ブロットやストレスが溜まっている人と。」
幾つも心当たりがあり、何も言えない。オーバーブロットに巻き込まれたことも関連してくるのだろうか。
「んー、その反応は心当たりがある感じかな?」
オルトの掌がいつの間にか左手首の脈を測っていることに気づいてうひゃあ、と飛び上がりそうになった。
「あ、どうしたの?脈が速いけど…」
「吃驚した…。」
あ、ごめんね?という軽い声とともに掌が離れる。それと同時に深呼吸して心を落ち着けた。
