第72章 向かう白、揺蕩う藤色
『白藤にお任せ下さい。お兄様』
藤の花の枝を渡した時、彼女はとても喜んで。
「白藤……?」
「……何、故?」
聞き間違えるはずがない。
この声は……
「舞山様……」
かつて私が女房として屋敷勤めをしていた時の主。
お兄様のように慕っていた舞山様だ。
どういうことだ……?
薬師を殺めたあの日、私は白藤を置いて屋敷を出た。
彼女が私と同じ薬を飲み、鬼になったこと。
そのせいで、自慢の黒髪が白くなったこと。
陽の下を歩けなくなったこと……
全て私の責任だ。
藤の花を見ると、彼女を思い出してしまう。
純真で、可憐で、でもどこか香るように美しい彼女にいつしか惹かれていた。
お兄様と呼んでくれる彼女を私は欲した。
けれども言えるはずがない……
口にしてはいけない想いなのだ。
血に塗(まみ)れたこの手で、彼女の好きだった花を汚すわけにはいかなかった。
ー了ー