第74章 誰がために…
「何を迷うことがある?」
何だ?
何処から聞こえるのだ、この声は……
頭の中に直接響く自分のものとは違う声。
白藤という名の鬼の娘も得体の知れないこの男も、私は知っているはずだ。
魂に刻み込まれた情報を遡ろうとする。
鬼になる以前の自分の事を。
無惨が舞山であった頃、何があったのかを……
思い出せ。
だが、その望みを強くすればするほど、脳裏に黒い霧が掛かる。
視界が遮られる。
まるで、御簾越しに見上げる闇夜のように……
その頃は、灯りなど殆ど無く。
灯台に灯した蝋燭かはたまた御簾から差し込む月光だけが光源だった。
そう、陽の光を浴びられなくなってから、夜の闇を眺めていた。
酷く長く、退屈で苦痛に満ちていた日々。
だが、それも彼女が居たから乗り越えられた。
『お兄様』
そう、呼ばれていた。