第73章 弦音に捕らわれぬ事勿れ
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「産屋敷殿」
気配も無く、近付いて来た男に驚きながらも、舞山はその男が抱えていた人物を見て、男に直ぐに駆け寄った。
「白藤!!」
「眠っているだけのようなので、大事はないかと……向こうのあばら家で見つけ申した」
「ありがとうございます」
男から白藤を引き取り、舞山は踵を返し、自身の邸へ向かう。
いつもなら人一人を抱えたまま歩くことなど、出来なかった非力な舞山が、彼女を腕に抱えながら自身の屋敷へ辿り着いたのは、薬師の薬か、はたまた道満の妙薬の効果か。
いずれにせよ、舞山はこの時点で強靭な肉体を手にできていたのだ。
屋敷の舞山の寝室に白藤を寝かせる。
ようやく舞山も肩の荷を下ろすが、改めて自分の身なりを見て彼はこの姿のまま、彼女の隣に居ることを躊躇った。
一先ず穢れに塗れた装束から着替え、手を洗う。
が、こびり付いた血液はなかなか綺麗にはならない。
そうこうしている内に数分が経ち、舞山が落ちきらないとはいえ、指先が白くなった程度で自室に戻る。
白藤は熱があるのか、顔が薄紅に色づき、額には玉のような汗を浮かべている。
その様が、何故だか今日は扇情的に見えて。
白藤を手に入れたい、とよからぬ事を思ってしまうほどに。