第65章 慟哭$
とくん。
温かい、音がする。
槇寿郎の掌から人間の優しい鼓動が伝わってくる。
杏寿郎はまさかという顔のまま固まっていた。
あの父が御館様以外に頭を下げるとは……
「私は、私の仕事をしたまでです」
「……あぁ。俺も幾度も世話になった」
あの頃と同じ、優しい瞳。
「槇寿郎様も、お変わりないようで安心致しました……」
何やらこの場に居るのは場違いなのではないか、と思い始めた杏寿郎。
二人の姿は母が在りし日の様に見える。
だが、と杏寿郎は頭を振る。
二人は夫婦ではないが、他者よりも余程通じあっていたのではないかと杏寿郎は推察した。
父が母を蔑(ないがし)ろにする様は見たことがない。
とすれば、この二人の関係は俺が生まれる以前からのものなのだろう。