第60章 谷底の社$
$$$
その頃、冨岡は一度山を下り、鱗滝に事の次第を伝え、何か谷に下る手段は無いかと尋ねていた。
「藤姫殿ならば体は無事であろうが……谷底か。少し厄介だな」
冨岡は珍しく言葉を濁す鱗滝にやきもきしていた。
「師範!」
鱗滝は鱗滝で感情を露にする冨岡に少々戸惑っていた。
こんな時、錆兎か真菰が居れば場の空気を変えてくれるのだが……
居ない者のことを考えても、詮の無い事。
ただ、鱗滝にとってはかつての教え子たち全員が家族だった。
老いぼれた自分よりも先に逝ってしまった門下生たち。
鬼狩りは常に命の危機と隣り合わせ。
いつ何時(なんどき)己の生を終えるとも分からない。
仲間や、大切な者を失わないためにただひたすらに技を磨き、己自身を刃のように研磨する。
「師範!」
目の前で声を荒げている義勇は藤襲山での選別試験の七日間を不本意な形で生き残った。
そうして、大切な朋友(とも)を亡くした。
それは、今も義勇の胸の内に埋まらぬ穴として、残り続けている。