第60章 谷底の社$
「いえ。……えっと、この辺りで魚は捕れますか?」
「魚?向こうに川がある。捕ってはこれるが……お前、何をする気なんだ?」
「料理を……でも道具が……」
鬼が人の様に料理をするとは、おかしなものだ。
少し興味が湧いた。
「お前の名は?」
「名前、は………すみません、思い出せません」
落下の影響か?
「名無しでは呼び辛いな。鬼の名か……」
今宵の月は十六夜。
「『十六夜(いざや)』うむ、我ながら悪くないだろう。お前のことは十六夜と呼ぶからな」
「十六夜?」
「俺の名は猗窩座だ。十二鬼月の上弦の参。覚えておけ」
「アカザ様?」
ぎこちなく白藤が猗窩座の名を呼ぶと、彼は満足そうに目を細めた。
所詮は仮の名前。
ただ、白藤はその仮の名前を胸の内で繰り返した。