第1章 今宵、蜜に溺れてく
カタン、て、音がして。
匠が砕けた笑顔で立っていた。
「匠」
ほら。
匠はいつも、わたしの心の声を聞いてくれる。
匠は、わたしだけのもの。
「玉城先輩、理緒ちゃんの鞄、届けてくれてありがとうございました」
「あ、ああ、うん」
ペコリ、と。
深々と頭を下げる匠に、凭れていた壁から背中を離して、たまちゃん。
「理緒ちゃん、帰ろー?」
「うん」
屈託なく笑う、子供みたいな表情。
差し出された、温度の高い掌。
匠の手を取り、足を踏み出した瞬間。
「わーっっっ!!」
匠の鞄が椅子に引っ掛かり、中身がすべてぶちまけられた。
「………」
「………」
ぶちまけられた紙切れにはほとんどが、赤字で素晴らしく酷い点数。
ついでに、ところどころに赤文字で✕の、印。
「匠、これ………」
「違うんだよ?これは、あのね、課題がちょっと、難しくてさ。」
「匠くん……」
はぁ。
と、ため息ついたあと。
「……っぷ!!あはは!あは……っ」
「玉城、先輩?」
たまちゃんは盛大に、大笑いした。
「ごめんごめん、キミを過大評価しすぎたみたい。だよねー!人間急には、変われないよねー」
「……?なんの話?」
「こっちの話。卒研も大事だけどさ、やっぱ犬の世話もちゃんとしないとねー、飼い主さま」
「か、飼い主って!!たまちゃんっっ」
「せめて卒業できるくらい面倒みてあげなよー?」
「だいじょーぶ!!俺一生理緒ちゃんに面倒みてもらうから!」
……胸張って最低なこと言ってるの、気付いてる?
よ、ね。
匠だもん。
いつもいつも、匠の思惑どーりに事は進むんだ。
「理緒に捨てられないといーね」
「理緒ちゃんはいい飼い主だよ!!途中で捨てたりしないもんっ」
「………匠」
「あーあ、犬って自分で受け入れたよこの子」
「犬でも金魚でも、理緒ちゃんが飼ってくれるなら大歓迎だよ」
「………あっそ」
向きになって言い返す匠に、さすがに呆れ顔のたまちゃんは。
「さいならー」って、ひらひらと手を振って出ていった。
「………さて、と」