第60章 主と酒と
意外なことに、アタシのすぐ後に主が陸奥守と共に広間に入ってきた。
渋ってたからもっと遅れてくるかと思ってた。
「主を確保しちょいたぜよ。」
半ば陸奥守に引き摺られるように来た主は、何故か遠い目をしている。
それに確保した、って…どういうこと?
「確保した、ってどういうことだ?」
アタシの疑問を代弁するように、御手杵が問い返す。彼も不思議だったんだろう。
すると、陸奥守はにんまり笑って答えた。
「部屋へ逃げようとしちょったき、捕まえちょいたんだぜよ。」
…危なかった。
部屋へ逃げられたら、おいそれと入れなくなる。
「でかした!陸奥守!」
アタシは片手をビシッと出して親指を立てる。
すると、彼もまた、親指を立てて見せた。
「さ、座って座って。」
隣の席の座布団をぽんぽんと叩いて主を促した。
「これ…。」
主がぽつりと呟き、見ている先を視線で追うと、大きな桶にぎっしりと詰めてある徳利があった。
主と呑めるとあって、大急ぎで氷水を張って、色とりどりの徳利に酒を詰め直したのだ。
うん、実にいい眺め。
「キンキンに冷やしてあるから美味しいよ〜。
こっちの赤いのが甘口で青いのが辛口、白が濁り酒。それから灰色が純度が高い辛口で、青と白のが濃いめの甘口。
さて、どれからいく?」
うきうきしながら主に酒を勧めると、主は僅かに顔を顰めた後、
「一番薄いのでお願いします…。」
と、ぽつりと一言呟いた。
出来るだけ避けて通りたいと言う意思がありありと伝わってくる。だが、簡単には逃すつもりはない。
「ばかをお言いでないよ。酒が薄かったら美味しくないだろ?アタシのは全部濃くて美味しいやつなんだよ。」
アタシがにっこり笑って言うと、
「…そうですか。」
主は期待が外れたかのように肩を落とす。