第2章 :神業と出立と霹靂(そんな程度の女)
津波に襲われた。海に沈んだ感触も身体が覚えている。が、服は濡れているどころか湿ってさえもいなかった。倒れてから乾くまで、それほど長い時間ここで横たわっていたとでもいうのか。
仮にそうだとしても、やはり可怪しかった。服は汚れてもいないし嫌な感触もしない。海で溺れたのなら乾いた塩が肌に貼りついていたり、服と肌の隙間に砂が入り込んでいたりするのではないか。は明らかに不自然であった。
の背中が僅かに揺れた。不釣り合いな乾いた笑いが出たからだった。
「私、死んじゃったとか? 死後の世界ってことはないよね。……まさかね」
体温を感じるし、足も二つ揃っているけれど、そう思わずにはいられなかった。
脱力したように壁に寄りかかって、大通りを歩く人々を、狭い路地から虚ろにただ眺め続けていた。誰もに気づかない。この路地は、表通りから完全に死角となっているからだった。
(いつまでこうしていよう。このままずっとここで留まっていたって、意味ないわよね)
しかしあることが表通りへ出ることを躊躇させていた。
は自分を見降ろす。
(服装が浮きそう……)
山吹色のボウタイ付きシフォンブラウスに、くるぶし丈の白いパンツ。にとっては普通の格好でも、ここでは全然違うようだ。
男の人が着ているのはスーツだが、どこか古臭くてやぼったかった。女の人はワンピースやシャツにスカートといったものだが、アンティークなデザインで、からしたらありえないセンスだった。
(どうしたらいいの)
建物の細い隙間から、空を見上げた。綿飴のような雲が薄らと茜色に染まっていた。意識を取り戻してから、ずいぶんと陽が落ちてしまった。
ノースリーブのせいで両腕が冷える。五月の暑い陽気に合わせて選んできた服が、ここでは季節外れのようであった。肌で感じるに、三月初旬といったところか。
はのそりと立ち上がった。同じ姿勢で長時間座っていた身体は、軋むような音を立てた。
表通りに近づいて、建物の影からそっと窺ってみる。街の様子をよくよく見て、やはり知らない場所だと確信した。