第2章 :神業と出立と霹靂(そんな程度の女)
瞼の裏側が明るい気がした。ひんやりと冷たい感触が、胸や腹に触れている。その冷たく堅い表面は、身じろぎすると剥き出しの肘や手首に少し痛い。
同じ感触を頬にも感じる。やはり冷たくて、多少ざらざらしているようだから、頬がこすれて表皮が剥けた。
「ん、んん……」
ようやくといった感じでは眼を開けた。目線の高さに赤丹色の煉瓦があり、聳え立つさまに圧迫感を覚えた。
眼だけで周囲を見回してみた。石畳の上で腹這いに横たわっており、煉瓦作りの建物の狭間にはいた。石畳の道は、人ひとりがやっと通れるくらに狭い。
「どこなの、ここ」
呟いた声は不安のために掠れた。両手を突いて起き上がり、呆然とする。
細い石畳の道先に広い通りが見えた。まったく見覚えのない景観だった。一瞬、海外旅行にでも来ているような錯覚を覚えた。
(外人さんだらけなんだけど。どういうこと)
通りを行き交う人々は、どうみても日本人ではなかった。文明はどこか時代遅れな雰囲気で、中世ヨーロッパを思い起こさせた。
はごくりと唾を飲んだ。額からこめかみにかけて嫌な汗が伝う。決して暑いからではなく、何ともいえない不安に駆られて、毛穴という毛穴から汗が吹き出し始めていた。
「落ち着け」
自分に言い聞かせる。
パニックになってはいけない。自分を見失ってはいけない。冷静になろうと、酸素をいっぱい吸い込んで深呼吸を繰り返した。
考えるのだ。
(こうなる前は何をしていたっけ。私はどこにいたっけ)
記憶を辿り始めると少しずつ思い出してきた。
(友達と鎌倉に旅行にきた)
それで――
(由比ケ浜の海を見にいった。靴を脱いで波打ち際で遊んでた)
そうしたら――
(後ろから大きな波がやってきて)
そうだ、迫りくる大きな潮。襲おうと覆い被さってくる津波を、この眼で見た。あのとき海を恐れたのは、この予兆を感じ取っていたからなのだろうか。
問題はそのあとで、どういった経緯でこの場所に倒れていたのかが、どうしても思い出せなかった。そして可怪しいことに気づく。
座り込んでいるは、自分の頭に加えて洋服の手触りを確かめていった。
「乾いてるのよね……なんでかしら」