第4章 :紐帯と残虐と不義(七色の虹が大空に弧を描いた)
温かい大きな手は逡巡が垣間見えるが、ゆっくりと心を凪いでくれた。掬っても掬っても、俯いているの横髪ははらはらと雪崩てゆく。それでも何度も掬い上げてくれる無骨な指先の体温を感じたくて、はこめかみにすり合わせた。
「ホントは恨んでなんかないんです、嘘なんです。ただちょっと、わだかまりを誰かにぶつけたかっただけなんです。誰にも相談できないから」
「恨まれて当然だと思ってたが」困った子供だというふうにリヴァイは息を吐いて笑う。「胸がすいたんならいいじゃねぇか」
「ごめんなさい、錯乱してまって」
「落ち着いたならいい」
の口調が平常に戻ると、リヴァイの目許がたおやかになった。
上官に無礼な口を利いたというのにリヴァイが咎めることはなかった。の涙が止まるまで、優しい手は髪の毛を掠るように撫で続けてくれたのだった。
02
何百頭も馬がいる広い厩舎は獣のつんとした臭いが鼻を突く。
木枠の窓から新鮮な空気が流れてくる午前中。調査兵団で管理している馬の資料を持って、リヴァイは一頭の馬の前で立ち止まった。
ピンと立っている耳にはJ六〇一一の耳票。つぶらな瞳の周りを纏わりつく蠅を、手で払ってやる。
「こいつしかいない」
リヴァイは厚手の資料を開いて眼を通し一人呟いた。
予定されている壁外調査に向けて、に与える馬を選別中だった。壁の外で生き残るために必須なものは機動力。立体機動と馬だ。が、実戦で使えるほど技術が向上しなかったには立体機動はなんの役にも立たないだろう。であるからして、いかに有能な馬を与えるかに重きを置かなくてはならなかった。
通路には藁などが散らばっており、萎びた人参も転がっていた。それを拾い、リヴァイは不快になって舌打ちをした。
「ったく、掃除が行き届いてねぇ」
長年雇っていた厩舎の世話番が体調を崩してしまったので、現在は臨時の世話番が馬の面倒をみていた。寝床の藁が汚れたままになっているありさまを見れば、新しい世話番が愛情を持って世話をしていないことが見て取れる。