第2章 :神業と出立と霹靂(そんな程度の女)
「こんな広い部屋に一人じゃ寂しいだろう。だから遊びにきてやってるんだ」
「心優しい友人だな。そう言ってくれるなら、ついでに書類整理を手伝ってほしいんだが」
「やなこった、自分の分で手一杯だ。夕食にありつけないほど仕事が溜まってんなら、秘書でも雇えばいいだろう」
窓の前にあるエルヴィンの書斎机は、書籍や書類の束で彼の頭の高さまで積み重なっていた。偉くなるのは給料が増えていいと思いきやそうでもない。職責の重圧や仕事量が増加し、増えた給料分の貯金では到底賄えていないだろう。
苦労疲れから、だから額が年々広くなっているのではないのかとリヴァイは密かに懸念してやった。かくいうリヴァイも兵士長という階級について数年が経つ。立場的には分隊長と同列で仕事量も多い。上に立つ者の苦労も分かっているつもりだ。
唇を窄めて長く息を吐いたエルヴィンが、椅子の背凭れに深く寄りかかった。
「で? ただ遊びにきたわけじゃないんだろう。報告がてら愚痴りにきたか? のことを」
緩く開いた膝の上で手を組む。
「そんなものにまた眼を通して」
が持ってきた経歴書を隅々まで見ながら、リヴァイは空になりそうなカップに口をつけた。
「これだけか? の情報は」
「多少シンプルに纏めすぎだとは思うが、そんなものだろう。何か気になることでもあるのか」
いや、と小さく唇を動かすとエルヴィンが本題を促してきた。「どんな感じだ、訓練の進み具合は」
「あいつは駄目だ」
「駄目とは?」
エルヴィンは聞き返して、俺にも一杯くれないかと付け足した。
リヴァイはゆっくりと立ち上がった。贈与品などの、普段使いできなさそうな食器が飾られた戸棚を開く。
「どうもこうも見込みがない。エルヴィンの見立て通り、才能のかけらもねぇ」
「訓練を始めてまだ数日だろう。決めつけるには早いんじゃないのか」
一度も使用したことがないであろう趣味の悪いティーカップを、当てつけのつもりでリヴァイは選んだ。書類の山で隠れ気味のエルヴィンに顔を巡らせる。
「顔がにやけてるぞ。決めつけるには、もう充分だと思ってるくせに嫌な奴だ」
「少しは期待してたさ。ほんの少しだがね」