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水平線に消えゆく[進撃の巨人/リヴァイ]

第1章 :青嵐と不安と潮騒(彼女の世界と彼の世界)



「ここは俺が! 兵長はあいつを追ってください! あいつはいい奴です! 死なせたくはありません!」
 そうだ、班員はもう一人いたではないか。
「だが……」
 刃を構えて、部下は緊迫感を貼りつけた顔で言う。
「俺たちなら大丈夫です! 化け物の油断をついて、二人が――どちらか一人でも解放できれば倒せます! 早く行ってください!」
 彼は仲間を信じて頷いた。
「死ぬなよ。俺はあいつを助けにいく」

 後ろを振り向かずに、彼は逃げていく奇行種の尻を追った。最大にガスを噴かして追いつき、膝に一太刀浴びせる。
 巨人は激しいさまでごろんと横倒しになった。空中から目視した醜い顔の唇からは、一本の腕がだらんと垂れているのが見える。
 それを見て息を呑んだ彼は、自分の周囲だけ寒くなった気がした。しかし諦めるのはまだ早い。口の中でまだ青年は生きているかもしれないではないか。そう言い聞かせて自分を奮い立たせていく。

「逃がすか!」
 立ち上がって、再び逃げ出そうとした巨人のうなじを、すばやく削いだ。急所をやられた巨人は絶命して地に伏せた。
 うつ伏せで死んだ巨人のそばまで彼は駆け寄った。目を見開いた巨大な横顔。その頬に片足を置いて踏ん張り、両手で分厚い唇を開いていく。
「生きてるか!? 助けにきたぞ! 返事をしろ!」

 重い肉厚な唇の中の、緩く開いた上下の歯から、片腕が一本ぼとりと落ちた。肩から先にあるものがない。
 口の中にまだいるかもしれないと、彼は顔を突っ込んで覗き込んだ。空っぽだった。
 片腕の切断面からは赤い血だまりができていた。ついさきほどまで笑っていた青年が、いまや片腕一本しかない。 

 片膝を突いて、彼は血だまりを指先で触れた。つうと滑らせて血を掴む。
「クソっ」
 怒りでふるふると震える拳から滴る鮮血。眉を寄せた彼の顔つきは、さきほど巨人の血を嫌ったときのものとは違うようであった。

 彼は青年の遺体である片腕を持って腰を上げた。遠くから、絶望が帯びる悲鳴がこだまする。
「はっ」
 急いで後ろを振り返った。遠目に自分の班員が見えた。「俺たちなら大丈夫です!」そう言ってくれた部下が巨人に食われていた。
 眼を凝らすと、ほかの班員が無惨な姿で屋根に転がっていた。赤い屋根でなく黄色や青色だったなら、おそらくおびただしい血糊も確認できたのだろう。
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