第2章 :神業と出立と霹靂(そんな程度の女)
窓を全開に押し開けたエルヴィンが、さっと部屋の脇に消えた。体勢を切り替えて、リヴァイは窓から身体を巧いこと滑らせて着地してみせた。
「おいおい、ぞんざい過ぎないか」
エルヴィンは窓に身を乗り出して外を覗いた。
「壁にヒビが入ってるじゃないか。修繕費用もバカにならないんだぞ」
「だから予算を引き上げてやったんだろう」
グリップの調子を点検しながらリヴァイは言った。
「こんなことを続けていたら増えた金もすぐに消えるさ」
大体、とエルヴィンが窓に背を向けた。ブロンドの眉を八の字にして言う。
「あのあと俺は、王政から散々嫌味を言われたんだぞ」
「俺は余計なことをしたか」
横目でちらと見れば、エルヴィンはかぶりを振った。眼差しが穏和な色になった。
「いいや、助かったよ。兵たちに精のつくものを食べさせてやれるようになった」
ふん、とリヴァイはなだらかな顎を尖らせた。どかっとソファに座って片膝に足を掛ける。
「それで何のようだ」
「うん」書斎机の上に置いたままの書類を取って、エルヴィンはリヴァイに差し出した。「さきほど新兵が入った」
「こんな時期に? お前がスカウトしてきたのか?」
渡された書類を捲ってリヴァイは中身を流し読みする。・デッセルという男の個人情報が記載されていた。
「いや。資金提供をしてくれている、ある貴族からの紹介だ」
「ふーん。で?」片手で持った書類をエルヴィンに揺らしてみせる。「これを俺にわざわざ見せる理由は?」
「マンツーマンで彼を指導してやってほしい」
「なんで俺が」
発言に面倒臭さの響きが混じった。
「お前はいま班を受け持っていない。次の班編成まで暇だろう?」
「暇じゃない。班は違えど個人的に見てやってる奴もいる」
リヴァイの班は前回の壁外調査のときに全員殉職した。あれから三ヶ月経つが、まだ新しい班が決まっていない。次回の作戦会議まで待機していなければならないという決まりもないのだが、何となく一人でいた。別に育てた部下を失ったことがショックとか、意気沮喪しているとかで自分の班を作らないわけではない。本当にただ何となくなのであった。