第4章 :紐帯と残虐と不義(七色の虹が大空に弧を描いた)
01
「ん~……」
兵舎の自室。ベッドの上で掛け布団に包まりながら、は壁側に寝返りをした。さきほどから寝ることに集中できないでいるのだ。
十秒もしないでまた反対側に寝返り。頭を向けている南向きの窓は一つしかないのに日中陽当たりが良い。けれど柄なしのカーテンの隙間が真っ黒なので、いまは夜中だと分かる。
「だめだ。朝まで我慢できそうにない」
眠りたいのに眠れない。そんなもどかしい気分で起き上がり、掛け布団を剥ぐ。シーツの上で脚を滑らせ、ベッド脇に置いてある靴を履いた。
かつらを被っては部屋を出た。ひたひたと暗い廊下を歩いて向かうのは、トイレではなく厨房であった。
あくびが出そうになっては口許に手のひらを添えた。すっきりしない生あくびが一つ出た。
「夕飯のスープ、なんであんなにしょっぱかったの。塩加減を間違えたのかしら」
厨房の調理人たちは、質素な材料をやりくりして、いつも美味な食事を提供してくれる。だというのに今晩のポトフはべらぼうに塩辛かった。火にかけている大きな鍋の湯気が暑くて、調理人の勤しむ汗が滴り落ちでもしたか。
夜中になって喉が砂漠のようになってしまったは、水を飲むためにこうして物音しない廊下を歩いているのであった。
オアシスまで数メートルとなったとき、食堂の入り口から微かな明かりが漏れていることに気づいた。
(誰もいないと思ってたけど、念のためにかつらを被ってきてよかった)
自室を出るときはかつらを装着するのが習慣づいていた。不思議なもので、頭に乗せた途端、直列回路と並列回路のどちらかを選ぶように気持ちが男装に切り替わるのである。男装時はおそらく直列回路で電池を使用している。神経を尖らせておかねばならないのでパワーが必要だけれど、逆に消費も激しい。
(誰がいるのかしら)
は入り口の影から食堂の中を窺う。卓上ランプの明かりを顔面にちらつかせ、食卓で座っている人物が確認できた。
(やっぱりお水は朝まで我慢ね)
粘っこい苦味のある唾を飲んで、は忍び足で回れ右をした。と、中から廊下へ声が飛んできた。