第2章 :神業と出立と霹靂(そんな程度の女)
03
「エルヴィン団長は只今会議中ですので、こちらでお待ちください」
兵士に案内されたは一室に通された。誰もいない部屋に一人残し、兵士は一礼してから退室した。
ここは調査兵団本部の団長室である。立って待っていたほうがいいのか座って待っていてもよいものか。迷ったあげく、立派な書斎机の正面にある応接ソファセットには腰を掛けた。
「やだなぁ」
大きな溜息をつくようにして首を凭れた。実をいうと今朝からずっとこんな調子だった。
調査兵団に密偵を送り込むというフェンデルの潜入作戦。密偵なんて言葉を使うと物騒だが、中にいる者しか感じ取れない内情を知りたいだけらしい。フェンデルがクーデターを企てようとしているのかは判然としないけれど、もしそうなった場合に調査兵団が味方についてくれるかどうかを見定めたいのかもしれない、とは推察した。
危険な作戦でもなさそうだし、フェンデルに保護された恩もある。僅かばかりの不安はあったが、ほとんど暢気な気持ちで了承した。
したけれど溜息が零れて止まらなかった。自分の格好を改めて見降ろし、は再度溜息をつく。
「男装して潜入なんて、すぐばれちゃうと思うんだけどな。相手は団長でしょう? トップなのよ」
温厚な年寄りの外見とは裏腹にフェンデルはお茶目な人だった。丸い顎をさすりながら、こう言ったのである。
「ただ潜入するだけでは芸がないのぅ」
「芸? スパイとかっていうのは目立たないほうがいいと思うんですけど。それともホントに芸のことを仰っているんですか? 特技とかの?」
「いやいや、違うよ」フェンデルは笑うと眼がなくなってしまう。「面白みがないという意味じゃ」
前者だったようだ。であるならば地味なほうがいいと思う。
「面白くなくていいと思いますけど。何を考えていらっしゃるのか分かりませんが、普通過ぎるくらいがいいと思うんですが」
「娘も欲しかったが、わしは息子も欲しくての」
話が急に切り替わった。ついていけなくてはただ「はい」と頷く。