第2章 :神業と出立と霹靂(そんな程度の女)
――八四六年。
いまは二〇二〇年のはずだ。そもそもこちらは西暦とは表現しないのかもしれない。
「ふむ。そんなに昔でもないし、子供でも知っておることじゃ。やはりお主、ただの東洋人ではないのかもしれん」
苦笑しながらフェンデルは続ける。
「ウォールマリアが巨人によって突破された一年後、領土を奪還するために総攻撃を仕掛けたんじゃ。作戦といえば聞こえはよいが、体(てい)のいい口減らしでな。マリアからの大量の難民や失業者が作戦に駆り出されての。結局領土は奪還できず、多くの命が失われた忌むべき出来事があったんじゃよ」
「おじさまは、その作戦のことをご存知だったんですか」
フェンデルは悲痛の表情をし、眼を瞑って小さく頷いてみせた。
「知っておった。わしは作戦に反抗する貴族を集めて議会に嘆願したんじゃが……力及ばず。わしに昔のような力があればと、あのときは自分を呪った」
「……そうだったんですか」
「この国を変えねばならぬとは思わんか。憲兵団なんぞ、ただ威張っているだけの王の飾りじゃ。体勢が腐り切っておるんじゃよ」
臍を固めた皺くちゃな顔を見て、はごくりと唾を飲んだ。
「まさかクーデターを起こそうとしているんですか……?」
「わしにそのような力はないよ。恐れ多いことだ」
ふふっ、と微笑む笑顔の裏は読み取れなかった。
「私に何を協力させようというんですか? 親切にしてくださったことは感謝していますが、たいしたことはできないとかと」
「難しいことじゃない。組織の状勢などを把握しておきたいだけなんじゃ。ある兵団に潜入してもらおうとな」
「ある兵団?」
「わしがもっと若ければ自分で志願するんじゃがの」無邪気に笑って、「調査兵団にを送り込みたい。憲兵団のように腐っておらぬから心配無用じゃ。現団長は骨のある奴だしの」
フェンデルはこうも言った。
「まあ強がってはおるが、じじぃの一人暮らしというのも寂しくての。可愛い娘でもいたら楽しいだろうと、実はこっそり思ってたんじゃ。おぬし身寄りがないというし、じじぃの寂しさを紛らすために都合よく懐に飛び込んできた、ってことじゃな」
と声高らかに笑った。
この国でが馴染めるように、フェンデルは娘としての戸籍を早々に作ってくれた。そんなこんなで話はとんとん拍子に進んでしまったのであった。